遺伝子組み換え作物、現状と未来−今こそルール作りを
田部井豊 農研機構上席研究員
(写真は小麦、提供ぱくたそ)
利用の広がるGM作物
遺伝子組換え技術は、医療分野や工業分野などにおいても不可欠な技術である。2015年における遺伝子組換え技術を用いて製造された製品の市場規模は世界で2兆347億円であり、このうち洗剤用酵素生産が2400億円、遺伝子組換えトウモロコシやダイズ、ナタネなどの遺伝子組換え農作物(以下、「GM農作物」とする)の市場は5386億円と報告されている(日経バイオ年鑑 2016)。
遺伝子組換え農作物の商業栽培が開始されて今年で22年目になる。2016年のGM農作物の世界での栽培面積は1億8510万ヘクタールとなり(ISAAA 2016)、これは日本の国土の約4.8倍に相当する。主なGM農作物は除草剤耐性ダイズやナタネ、害虫抵抗性トウモロコシやワタであったが、現在は除草剤耐性と害虫抵抗性を併せ持つスタック系統が主流になっている。
日本は主要穀物を輸入に頼っているために、多くのGM農作物を輸入している。一部で非GM農作物が分別されて輸入されているものの、輸入作物の大半を占める飼料や加工原材料用の農作物はGM農作物と非GM農作物を分別せずに流通しているので、GM農作物だけの輸入量の統計は取れない。
そこで、GM農作物栽培国からの輸入量と輸出国におけるGM農作物の栽培比率から推定すると、約1700~1800万トンのGM農作物が日本に輸入されていると推定される(本間・齋藤 2016)。このようにGM農作物が私たちの食生活を支えているが、ほとんどのGM農作物は直接食べる用途に用いられないことや、加工することで表示対象にならないことから、GM農作物の輸入の実態は一般にはあまり知らされることはなく、GM農作物に懸念をもつ消費者が多いとされる。
消費者はGM作物に不安なのか
北海道庁が2015年に行ったアンケートでは、遺伝子組換え作物及びその加工品に対して「不安」及び「やや不安」とする回答が80.4%であり、強い懸念が示されている(北海道農政部 2015)。しかし、同じ北海道で同じ年にNPO法人北海道バイオ産業振興協会が地下歩行空間<ちかほ>で行ったアンケートでは、「不安」及び「やや不安」とする回答は49%と低くかった。ただし、「非常に安心」または「やや安心」とする方は18%と高くはなく、33%の方は「どちらともいえない」と回答している(HOBIA(北海道バイオ振興協会 NEWS No.316, 2015)。
また、食品安全委員会が行っている食品安全モニターの結果では、遺伝子組換え食品(以下、「GM食品」とする。)に「全く不安を感じない」及び「あまり不安を感じない」という回答が、2004年(平成16年)には20.6%と北海道庁と同様な結果であったが、2015年(平成27年)には60.2%に増加している。
「ある程度不安」及び「とても不安」と回答した人は、2004年では74.7%であったが、平成27年度には39%に低下している。食品安全モニターの結果が徐々に受容する方向に変化している理由は十分に解析されていないが、提供される情報利用が多いことや、GM農作物が利用されている実態を理解しているからであると思われる。
アンケート調査結果は設問や対象によって大きく変わるので、一つの結果をもって全体の傾向とするのは危険であるが、複数のアンケート結果から、GM農作物を利用しているにも関わらず、少なからず不安を感じている消費者がいるとともに、GM農作物を受容している消費者がいることも確かである。
消費行動に関して興味深いデータがある。非遺伝子組換えナタネで製造したキャノーラ油(1350g)と不分別として流通しているナタネで製造したキャノーラ油(1500g)を販売したところ、不分別のナタネで製造したキャノーラ油が30倍以上の売り上げを示した(日経バイオ年鑑2009)。
また、ある企業の商品一覧では、調味料136品目のうち56品目、氷菓30品目中20品目、洋菓子27品目中14品目に不分別表示をしている(「NPO法人くらしとバイオプラザ21」による調査)が、売り上げが大きく変わることはないとのことである。食品安全モニターでも約4割に方が何らかの不安を感じていると回答しているが、この購買行動を反映していない。
アンケート調査などで問われれば、「GM農作物に不安を感じている」と回答する方でも、実際の購買行動では価格や容量、賞味期限なども商品選択の要素となり、周囲の消費者が購入していること、そもそもスーパーマーケットなどで危険のものを販売しないという信頼感などもあって、前述のような購買行動になったと推察される。
サイエンスコミュニケーションなどの機会に参加者と話をすると、GM農作物に不安を感じている理由として、よく理解できない新規技術に対する漠然として不安があり、交雑等による従来の品種改良は自然であり遺伝子組換え技術は人工的で不自然に感じるという方が多い。また生物多様性や食品に対して法的に安全性評価が課せられていることも知らないために不安に感じている方も多い。情報提供さえすれば不安が解消するものではないが、GM食品を自ら選択するか否かの判断するうえで基本となる情報は必要である。
表示などルールを整備し、安心につなげる
情報提供という点からもGM食品の表示は重要である。GM食品の表示については、JAS法及び食品衛生法に基づきルールが定められ、平成13年4月から義務化された。GM食品の表示は選択のために制定されたが、実際には「遺伝子組み換え不使用」という表示ばかりを目にすることから、GM食品は避けるべきものとして認知されているのではないだろうか。また「遺伝子組み換え不使用」と記載されていても意図しない混入は5%未満まで許容されているため、GM食品を避けたいとする人の希望に沿っていない。
ちなみに、ドイツやフランスで「遺伝子組み換え不使用」と記載するにはGM農作物の混入率は0.1%以下であり、韓国やニュージーランドでは「0」でなければならない。現在、GM食品の表示制度について見直しが行われているので(消費者庁 遺伝子組換え表示制度に関する検討会)、消費者が理解しやすく、選択の自由を叶えられる制度になることを期待したい。
すでにGM農作物は広く利用されているが、賛成や反対を含めて多様な意見がある。これまでも開発企業や行政、大学や国立研究開発法人などでも情報提供に努めてきたが、一方で遺伝子組換えに反対する団体などからさまざまな不安情報が発信されている。一般的には安心とする情報よりも不安情報に関心が高くなる傾向があるのは、私たちが日常生活において食も含めて安全などに配慮していることから当然の傾向と思われる。
そうであるからこそ、正しく判断するためには、私たちの食がどのように供給されているのか、GM農作物・食品の安全性がどのように担保されているかなどの情報提供は重要となる。
GM農作物が商業利用される前からGM農作物の安全性について科学的な議論がなされ、現在に至るまで科学的な安全性評価が行われているが、GM農作物の長期栽培や長期摂取への懸念が示されてきた。しかし、GM農作物が商業栽培されて20年が経過して、全米科学アカデミー・全米技術アカデミー・米国医学研究所がこれまで報告された膨大な論文を科学的に検証したところ、GM農作物に由来する問題が生じてないことが報告された(2016)。(参考記事『遺伝子組み換え作物、健康被害なし-米報告1』 )これは極めて重要なことである。
日本では、遺伝子組み換え技術を使った青いバラの栽培は行われているものの、GM農作物の商業栽培は行われていない。大量のGM農作物を輸入していながら栽培が難しいという状況が続いている。世界を見ればGM農作物の栽培が増大していることは、生産性などにメリットがあることを物語っている。
日本ではスギ花粉症や高血圧に期待できるスギ花粉米や血圧調整米など、消費者メリットの分かりやすい機能性GM農作物の開発も進んでいる。これら機能性GM農作物を必要とする人も多いと思われるが、GM農作物を避けたい人の権利のみを守るのであれば、GM農作物を栽培したい農家や受容している消費者の権利が奪われることになる。双方の権利を守るためにも、日本におけるGM農作物栽培の共存ルールを検討する時期に来ていると思う。日本においてGM農作物の利用がより良い方向に向かってゆくことを期待したい。
田部井豊(たべいゆたか)農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)生物機能利用研究部門遺伝子利用基盤研究領域上席研究員。1958年生まれ。85年農水省入省。92年4月から同研究所に勤務。品種改良、病害虫研究、遺伝子組み換え作物の安全性評価やサイエンスコミュニケーションにかかわる。著書に『形質転換プロトコール 植物編』(化学同人)、『分子生物学に支えられた農業生物資源の利用と将来』(丸善プラネット、編著)など。
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