スギ花粉症を治す・予防する−花粉米セミナーリポート(その2)
2017年12月4日、消費者団体「食のコミュニケーション円卓会議」主催で「スギ花粉症を治す・予防する花粉米セミナー2017」が開催されました。今回はその様子をお伝えするパート2(後編)です。
パート1(前編)では、第1部「基調講演」の大阪はびきの医療センター・臨床研究センター長の橋本章司氏、東京慈恵会医科大学・耳鼻咽喉科の浅香大也氏の講演の内容をお伝しましたが、パート2では基調講演に引き続き行われた第2部パネルディスカッション「お米で食べる!花粉米・機能米への期待」の内容をお届けします。
前編はこちら→スギ花粉症を治す・予防する−花粉米セミナーリポート(その1)
1・薬?それとも食品?
第2部は基調講演で講演をされた大阪はびきの医療センター・橋本先生、東京慈恵会医科大学・浅香先生に加えて、スギ花粉米を研究開発した農研機構・主席研究員の高野誠氏、花粉症に悩む市民代表として佐々義子氏、竹植希氏が加わり、食のコミュニケーション円卓会議代表・市川まりこ氏の司会によるパネルディスカッションでした。
冒頭、市川氏(写真)より、パネルディスカッションのテーマは「お米で食べる!花粉米・機能米への期待」とあるが、それは花粉米を薬ではなく食品として社会に出してほしいと願っているからであると述べられました。
その理由は、スギ花粉米を薬として実用化する場合、費用と時間が膨大にかかる、安定供給義務があることから栽培場所を広く確保する必要がある、お米ではなくカプセルの形状になる、処方箋が必要になることが予想されるが、一方食品となった場合は、薬よりも早く安く提供されるが、ただし処方箋は不要なものの医師の指導のもとで購入できるような仕組みになると理解している、とのこと。
これに対して、市川氏がパネリスト各々に意見を求めました。それぞれの発言の要点をまとめると、
【橋本先生】
国内だけでなく海外でも花粉米のようなペプチド含有米を食べる治療法にニーズはある。そうであれば常温長期保存が可能なお米の形態がよい。ただし安全性を考慮して、医師の指示が必要な経口補水液OS‐1のような病者用食品の形で始めるのが良い。
重篤な花粉症患者を対象に考えれば、重症例でも効果が認められれば高額でも欲しいということになり、その場合はおそらく形態もお米ではなく薬の形になるでしょう。
一方、広く花粉症予備軍まで対象に考えれば、お米の食品での形態が望ましいが、その場合、どれだけ少ない量、少ない回数、短い期間で有効性が得られるかが、遺伝子組換えイネを栽培する面積や価格にも大きく影響する。それがこの臨床研究の目的でもある。
【浅香氏】
免疫療法は治療継続性がとても重要であるが、お米の形態であれば日本人は毎日無理なく食べることができる。
また、花粉症患者の半分は病院に来ていないと感じている。よって食品という形態で提供できれば、なんらかの理由で病院に来ることができずに苦しんでいる方の一助になるのではないかと思う。
【佐々氏(写真)】
重篤な花粉症患者は一刻も早い実用化を待ち望んでいる。薬の方が早く実現できるはず。なぜなら東京大学医科学研究所はムコライスというコレラワクチン米を薬として第II相臨床試験(治験)まで終了していると聞いている。花粉米も、閉鎖環境で栽培した遺伝子組換えによるコレラワクチン米が薬として治験まですすんでいるモデルにならえば、早く実用化が進むのではないか。食品の方が安くなるだろうとか、いや、食品になったとしても医師の指導がいるのではないかとか、あれこれ検討していることで時間がかかっている。プロジェクトの目的が花粉症患者を救うことだけでなく、遺伝子組換え作物の受容を高めることや耕作放棄地の活性化など複数に拡散しており、それが結果的にプロジェクトを散漫にして実用化が遠のいているように外からは見える。
【竹植氏(写真)】
花粉米を一定期間食べ続けるにあたって、薬だと何度も医師の処方箋をもらわないといけないのは大変。食品の方がハードルが下がる。ただし、食品の場合、指導してくれる医師との連携が必要に思える。皆が予防目的で勝手に食べて何か問題が起こってはいけない。
【高野氏】
2010年からこのプロジェクトに関わっているが、医薬品メーカーが実用化に手を挙げるには人での有効性が確認できることが必須だ。しかし花粉症のような免疫疾患の分野ではそこが非常に難しい。食品だからといって決して簡単に考えているわけではないが、もう少し実用化を検討する企業の間口が広がるのではないか。また、国家の医療保険財政の観点からも食品の方が望ましいように思える。
2・機能米とは何か
花粉米の実用化の道が拓ければ、花粉米と同じように遺伝子組換えで目的の成分を蓄積させたお米の実用化にもつながります。そこで、高野氏(写真)から農研機構で研究開発をすすめている機能米についての説明がなされました。
高野氏によると、花粉米や機能米開発の経緯、発端は、免疫療法や生活習慣病改善には継続的な対策が必要でありお米はそれに向いていること、お米の中には2種類のたんぱく質「タイプ1」、「タイプ2」が存在し、タイプ1は胃で分解されずに腸まで届く、タイプ2は胃や腸でゆっくり分解される、という特徴があり、それを活用すれば有効成分の運び屋となりえることであったそうです。
お米の中にはでんぷん粒だけでなくたんぱく粒もある
タイプ1のたんぱく粒は腸まで届くので免疫寛容を起こしやすい
最近、特定の機能性ペプチド(*ぺプチドとはアミノ酸が2~50個程度つながったもの)が生活習慣病に効果があることがわかり、新しい機能性食品として注目されています。
例えば、牛乳β‐ラクトグロブリンというたんぱく質が消化酵素で分解されてできるペプチドの一つがラクトスタチンですが、それは悪玉コレステロールの分解を高めます。
そこでラクトスタチン(IIAEK)をお米のタイプ2に蓄積すると、タイプ2は胃や腸でゆっくり分解されるので、ラクトスタチンも腸からしっかり取り込むことができるそうです。
タイプ2にラクトスタチンを6個つなげて導入。それが切断されて腸からしっかり吸収される
ラクトスタチン蓄積米以外にも、動脈拡張効果があり血圧を下げる効果が認められるノボキニンという成分を蓄積させたノボキニン蓄積米もすでに開発されています。
これまで農研機構では以下のようなアレルゲン米や機能性米を開発してきたそうです。
高野氏は、遺伝子組換え作物を栽培したことがない日本において、花粉米や機能米の実用化のための課題は、栽培ルールが確立されていないことだと指摘しました。
それを解決するために、遺伝子組換えのイネが他のイネと交雑しないように中山間地域を活用するなどの栽培ルール作りを農林水産省に働きかけていると説明がありました。
3・臨床研究をする上で必要なサポートとは?
次に、市川氏から浅香氏、橋本氏に対して、臨床研究を進めるうえで、具体的にどのようなサポートを希望するか問いかけました。
それに対して、慈恵医大の浅香氏は、現在は医師主導の小規模な臨床研究をやっているが、有効性をしっかり確認するためには大規模な研究をぜひ行いたいが、そのためには研究費が必要で、治験という形なのか、医師主導型の臨床研究なのかはさておき、予算が必要だと強調されました。
大阪はびきの医療センター・橋本氏からも同様に、大規模な研究の必要性が指摘されました。理由は、花粉米に限らず、アレルギー性鼻炎向けの抗ヒスタミン薬の治験でも症状を確認するには患者さんに毎日、症状日記をつけてもらうのだが、患者さんはきつい症状が印象に残りやすく、実際には異なってもそのきつい症状を1週間同じようにつけてしまうことがある。そういうバイアスがなくなるぐらい大規模な対照者がいれば、結果にきちんと有意差がでるからです。
また橋本氏から、花粉曝露実験室の必要性もあげられました。花粉米や治療薬の試験には一定量の花粉をあびた状態での症状を比較する必要がありますが、現実には住んでいる場所や年によって花粉量が異なり、治療効果の正確な比較ができないからです。
【(注)花粉曝露実験室とは:花粉症の治療に用いられる薬剤やマスクなどの性能を判定するためにつくられた実験室。有償で試験に参加する花粉症患者さんに実験室に入ってもらい、スギ花粉を天井から人工的に散布。曝露室内の患者さんの反応を窓越しに観察するというもの。わが国では和歌山を皮切りに東京、大阪に同様の施設が設立され、薬剤や対策グッズの有効性を評価する研究が行われている。】
市川氏より、花粉米の開発や臨床研究に対してある段階まではついていた農林水産省の予算が今はなくなったと聞いているが、今後はどのようにするのか質問したところ、
浅香氏からは、今後薬として実用化するのであればどこかの企業が手をあげてAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)と連携して官民一体でやっていくことになるのではないか、
橋本氏からは、今行っている小規模な臨床研究でも花粉症の症状やIgE抗体の抑制効果に有意差がでれば、国の予算や実用化に手をあげる企業も出てくると期待している、と答えられました。
また、橋本氏は、大阪と東京でやっている今回の臨床研究で安全性が確認されれば、現在は主に職員やその家族の協力に支えられている研究を、一般の人にも広げて、お金のあまりかからない医師主導の大規模臨床研究ができればと考えているとも述べられました。
4・価格のイメージは?
会場からの質問で、花粉米の価格のイメージが質問されました。
それに対して、高野氏から、花粉米の効果が確認できれば、遺伝子組換え作物をつくるコストを吸収できる価格帯になっても市場が受け入れてくれるのではないか、例えば今のコシヒカリよりも高い値段になっても買ってもらえるのではと期待していると回答されました。
佐々氏は、対症療法の治療薬に対して花粉米が根本治療になるのであれば重症な花粉症患者は高額であっても利用したいと思うと述べたのに対して、竹植氏は、毎日食べるものなので魚沼産こしひかりのような値段だと学生では手がでないという感想が述べられました。
会場の参加者からも、花粉米を1年、2年食べれば花粉症が根本的に治ってその後は食べる必要がなくなるのであれば、少々高いお米であっても利用したい人はいる、という意見が出されました。
5・実用化の見通しは?
同様に会場からの質問として、花粉米を食品として実用化するためにも農林水産省主導で研究を行ったり、食品安全委員会で安全性の審査をしてもらうようなレベルまで積極的に前に進めることは可能なのか質問があったのに対し、
市川氏より、自身も農林水産省の「農業と生物機能の高度活用による新価値創造に関する研究会」の委員のひとりであるが、国は事業者が手をあげないと予算のつけようがないといい、事業者は商業化の明確なマイルストーンがない中で手をあげるのは難しいという、「卵と鶏」論になっているとの感想が述べられ、
高野氏から、遺伝子組換えの作物を商用栽培するルールを規制当局に策定してもらうか、農研機構の研究用の一般圃場の栽培ルールを商用栽培にも適用することが可能になれば、ある程度費用が算出できると思うので、民間企業と一緒に当局に働きかけを行なっていきたい、また、今回の臨床研究の結果が出たときに、社会から広くスギ花粉米を食品として出してほしという声があがることを期待している、という意見が述べられました。
6・市民として声をあげていきたい
最後に市川氏より、花粉米が食品としてブレイクスルーすれば他のアレルゲン米や機能米も後に続く道が拓けるので、これからも市民として政治家、行政に働きかけを行っていきたいとセミナーのまとめとしてコメントされました。
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