遺伝子組み換え表示の制度変更、消費者保護の本質を忘れていないか

2018年07月25日 07:00

(遺伝子組み換え作物は8種類の流通が認められている。図は厚生省資料より

遺伝子組み換え作物を使った食品の表示制度の見直しに向けた議論が進んでいる。正確な表現に努めることは必要だが、その意味を伝える取り組みこそ重要ではないか。

「遺伝子組み換えではない」のに混入

「遺伝子組み換えではない」。豆腐など大豆を原料とする食品の包装をみると、目立つところにこんな文言が書かれている。消費者は「原料に遺伝子組み換え(GM)作物を使っていない」と思うはずだ。ところが、それが混じっているかもしれない。

これは2001年に始まったGM作物の表示制度に基づく。大豆やトウモロコシなど8作物とそれらを主原料にする豆腐、納豆など33の加工食品が対象だ。現行制度では最大5%のGM原料が混じっても「組み換えではない」と任意表示できる。

NPOバイテク情報普及会が17年秋に行った調査によると(対象数2000人)、74%が「遺伝子組み換えでない」という表示に「GM作物がまったく含まれていない」と誤解し、複数回答で78%が「安全性が高い」というイメージを抱いた。公的制度が消費者の間違いを誘い、商品の印象操作に使われている。

消費者庁は2013年に食品表示法が成立したことを受け、食品表示制度を見直している。その一環で消費者の誤解をもたらしかねないGM作物の表示問題に取り組んだ。そして有識者による「遺伝子組換え表示制度に関する検討会」が今年3月に報告書をまとめている。内容は次のようなものだ。

▼GM作物の制度の対象は現行のまま。
▼「遺伝子組み換えでない」という表示が許されるのは不検出(ほぼゼロ)の場合に限る。
▼不検出から5%以下の混入では、食品事業者のこれまでの自主的取り組みを尊重しながら「できる限り遺伝子組み換え作物の混入を減らしています」などの分かりやすい表示を、行政と関係者で今後検討していく。

提言を参考に、内閣府消費者委員会での審議を経て、内閣府令である食品表示基準が改正される。ただし、まだ改正の期限はまだ明確ではないし、報告も細部が詰められていない。
5%以下の遺伝子組み換え作物また報告書は、GM食品は食品安全委員会の安全性の審査を経たもので安全性が確認されていることを強調し、消費者の不安を取り除くリスクコミュニケーションや、表示制度を周知する取り組みの必要性も指摘した。しかしそうした啓蒙活動で、「政府のできることは限られる。難しい課題だ」(同庁食品表示企画課)という。

広がる遺伝子組み換え作物

GM作物は遺伝子操作で植物の性質を変えるもので1996年に商品化された。特定の虫が食べないとか、特殊な農薬をまいても枯れないなどの性質を与えることができ、収穫が増えて農家の作業の手間も減るために、世界で生産が拡大した。米国では大豆、トウモロコシの生産の9割以上がGM作物だ。

一部の消費者に、この食物による健康被害の懸念はある。しかし、その安全性は世界各国で科学的に検証され、過去に健康被害の報告はない。日本は中国やメキシコと並ぶGM作物の大量輸入国だが、食用ではなく、大半は家畜の飼料や、植物油に使われている。

欧州連合(EU)は、GM作物が商品化された直後に日本より厳格な要件を定めた表示制度をつくった。原則ゼロでなければ、ただし、これには隠れた理由がある。地域内で食糧の自給ができるEUは、米国と農作物の市場開放をめぐり競い続けている。消費者への情報提供という目的に加えて、EU域内への米国の穀物輸入を非関税障壁の形で止めるために米国企業が開発したGM作物の表示制度を厳格にして、流通しづらくさせる意図もあったようだ。

日本はEUと違い穀物を輸入に頼らざるを得ない。そのために輸入商社や業界団体の食品産業センターが自主的に、米、カナダの穀物生産者団体と協力し、非遺伝子組み換え(NON−GM)を選別する流通の仕組みを大豆とトウモロコシで作った。これが現行制度を支えている。

米国、カナダではGM作物が栽培の大半だ。刈り取り機器や運送用コンテナは同じものを使うため、清掃しても混じることがある。またトウモロコシは風媒で受粉するためNON−GM作物がGMになることもある。消費者庁が16年に米国やカナダで行った調査では、NON−GMを分別流通した場合でも、大豆で0.3%、トウモロコシで4.1%混じっていた。日本の現行制度が5%までの混入に「遺伝子組み換えでない」と表示することを認めたのは、このためだ。

仮に今回の制度変更に合わせて、完全に分別されたNON−GMを日本の食品産業が調達を始めたら、米国の農家はどのように動くのか。アメリカ穀物協会東京事務所は次のように説明した。「丁寧な分別をすれば、生産や流通過程で労力がかかる。日本のお客さまが完全に分別したNON−GM作物をほしいと言うなら、米国の生産者はプレミアム(上乗せ価格)をいただければ作るだろう。今は生産余力がある」。プレミアムは契約ごとにさまざまだが、価格の1−2割になる例があるという。

食品表示制度を厳格にするほどコストが増え、結局は消費者の負担が増えるわけだ。

困惑する食品メーカー

この表示制度に向き合う企業の意見はさまざまだ。あるビール会社の製造担当幹部は「GM作物は安全性が確認されている。だったら安いそれを使い、その事実を表示したい」と話した。最近のヒット作「第三のビール」「発泡酒」は、価格の安さを選ぶ消費者の志向から生まれた。しかし、この個人的意見は、なかなか社内で通らない。「実態のよく分からない『消費者の意向』に振り回されている」と嘆く。

ハウス食品はスナック菓子「とんがりコーン」で「遺伝子組み換え原料の混入を防ぐため、分別流通されたとうもろこしで作ったコーングリッツを使用しています」と、表示している。現行制度より詳細に書いてある。その包装を見ると横は文字だらけだ(写真)。

同社は、この制度の変更の議論前から、表示を自発的に詳細にしている。

ただしGM作物への消費者の関心はそれほどではない。ハウスは一般向けに1000以上の商品を提供し、問い合わせは年2−3万件になる。ところがGM作物関連の問い合わせは最近、毎年20件前後という。消費者にとって遺伝子組み換えかどうかは、商品選択のための情報の一つにすぎないが、批判をおそれる業界や行政

そして消費者保護の名目の下での規制強化が進む。ある業界団体幹部は、「消費者保護の名目の下に制度がめまぐるしく変わる。業界の負担は大きい」。

新しい食品表示制度が2015年に施行され、栄養成分やアレルギーの表示が詳細になった。昨年9月からはすべての加工食品に原料原産地表示が義務化された。今年は遺伝子組み換え、来年は添加物の表示が見直される可能性がある。「商品の包装材を捨て新たに書きかえる場合、商品数の多い大手メーカーでは、表示システムの整備なども含めて負担は数千万円になる」(同幹部)という。

表示だけではなく、遺伝子組み換えの受け入れ議論が必要

消費者保護活動は良いイメージがあるために政治家が動きやすい。GM作物の2001年の表示制度づくりは、河野太郎衆議院議員が熱心に取り組んだ。彼は内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)として、15年に食品制度の詳細化を指示した。また日本の消費者は国産食材を好む。小泉進次郎衆議院議員が部会長だった自民党の農林部会は、TPP対策の一環として国産食材のPRにつながる食品の原産地表示を主張し、それが同年閣議決定で政策化された。日本の消費者は国産を好むためだ。

世論を背景に政治家が政策を主導することは必要だが、制度を変えれば現場の負担は増える。また消費者保護の名目で、やみくもに表示を増やそうという主張は常にある。今回のGM作物の検討会でも、消費者団体はそう主張した。

団体幹部は「食品産業に消費者への情報提供を積極的に行うべきというコンセンサスはある。しかし情報提供にはコストへの配慮と、科学的な知見に基づき重要なものから取り組むメリハリが必要だ」と指摘した。例えば、QRコードを使い製品説明がスマホに映るようにするとか、ホームページの説明への誘導など、新しい技術があるのに活用は遅れがちだという。

日本では、社会問題があると、問題の本質に向き合わずに、弥縫策(取り繕い)を行い、長い目でみると社会全体で損をすることが頻繁に起こる。GM作物の向き合い方でも、そのような問題が現れているように見える。

GM作物の表示は それとどのように社会が向き合うかという大きな問題の論点の一つにすぎない。そしてGM作物には健康のリスクがほぼない。不安が消費者に残るなら、それを取り除くリスクコミュニケーションが必要だ。具体的には専門家による安全性の検証、政府や業界による広報活動、それを前提にしてどのように受け入れるかの社会的な議論を深めるべきであろう。しかし現状は表面的な表示制度の形に関心が向き、行政も業界もそれにエネルギーを使っている。本質を見失っている。

この表示制度をめぐる議論をきっかけに「食の安全」「遺伝子組み換え技術」とは社会にとって、どのような意味があるのか。考え直す必要があるのではないか。

石井孝明 ジャーナリスト

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