遺伝子組み換え作物の誤解はいつまで続く-山田正彦氏のインタビュー記事を検証
小島正美 ジャーナリスト
遺伝子組み換え作物が1996年から流通し始めて、すでに20年以上たつが、組み換え作物に関する誤解は当時とほとんど変わっていない。その背景には、誤解をふりまく反対論者が依然として元気なことが挙げられる。最近、発売された雑誌を例に、いくつかの誤解を解いてみる。
組み換え作物に反対する急先鋒ともいえる人物のひとりが山田正彦氏(弁護士、写真)である。旧民主党政権のときに農林水産大臣を務めた。最近、「月刊TIMES」(月刊タイムス社発行)8月号と「食品商業」8月号に立て続けにインタビューに応じ、持論を述べている。両雑誌とも一般の人が読むようなメジャーな雑誌ではないものの、その内容があまりにも粗雑で不正確なため、あえて筆を執った。
Btで発達障害にはならない
まず、一つ目に問題だと思う記述は以下だ。
「遺伝子組み換え作物には、Bt毒素を出し、虫がコロッと死んでしまうのがある。昆虫の腸に穴をあけ、虫を殺す。そうしたものを人間が食べて、人間は大丈夫かというと、そうではない。腸疾患と遺伝子組み換え作物の作付面積は比例している。腸がやられると頭もやられる。アメリカでは既に3人に1人ぐらいが発達障害だという。日本も10人に1人ぐらいだ。・・・」(月刊TIMES)
Bt毒素とは、Btたんぱく質のこと。土壌細菌がもっているたんぱく質で、昆虫を殺す作用があることから、Btたんぱく質をつくる遺伝子をトウモロコシや綿などに組み込んで誕生したのが害虫抵抗性の組み換えトウモロコシなどである。当然ながら、害虫がこの組み換えトウモロコシを食べると死ぬ。なぜ、死ぬかといえば、害虫の消化管はアルカリ性のため、Btたんぱく質が活性化され、さらに消化管の受容体と結合するためだ。これに対し、人間の胃は酸性で、しかもBtたんぱく質に結合する受容体をもっていない。
つまり、Btたんぱく質は人間には無害なのである。これは科学の世界では常識ともいえる話だ。組み換え作物の栽培や食用を認めるかどうかは、どの国でも科学者たちが審査し、ヒトへの悪影響がないことが確かめられて流通している。
にもかかわらず、山田氏はこうした全世界の科学者たちの見解を無視して、ヒトの腸疾患の増加と組み換え作物の面積の増加に比例関係があると自論を吐く。クローン病やセリアック病(自己免疫疾患)などの腸疾患は確かに増えているが、900を超える文献を精査した「全米科学アカデミー」は2016年の報告書でその関連を明確に否定している。(参考記事「遺伝子組み換え作物、健康被害なし-米報告」)
西欧では組み換え作物は家畜の飼料を除き、あまり流通していない。にもかかわらず、腸の疾患は米国と同様に増加しているというのが、その論拠だ。
一方、欧米では、小麦に含まれるグルテン(たんぱく質)が腸を傷つけ、消化吸収が悪化して、セリアック病が起きるというメカニズムが注目され、小麦のグルテンフリー食がはやっている。これは荒唐無稽な話ではなく、支持する科学者はいる。しかし、Btたんぱく質が腸の疾患の原因だとする説を支持する科学者はほとんどいない。
Btたんぱく質は有機農業でも使用
しかも、そもそもBtたんぱく質は有機農業でも使われている生物農薬である。私はニュージーランドの農家が有機のキウイ栽培で実際にBtたんぱく質を噴霧している例を取材したことがある。山氏は有機農業でも使われているBtたんぱく質が腸の疾患をつくり出しているとでもいうのだろうか。
仮にも、人の健康に悪影響があるというからには、もっと慎重にものを言うべきではなかろうか。だいたいBtたんぱく質が悪だという言説は有機農業を実践している人たちにも失礼である。
さらにいえば、組み換え作物が発達障害にも関係しているかのごとくの物言いは、発達障害の子供をかかえる親の心を傷つける言葉である。組み換え作物を食べさせた親が悪いとでも言いたいのだろうか。
もちろん、これは荒唐無稽な話である。そもそも日本に輸入される害虫抵抗性トウモロコシのほとんどは家畜のえさ、食用油の原料、清涼飲料水の液糖に使われるが、どれも最終製品(家畜の肉や牛乳も含め)からは元の組み換えDNAは検出されない。つまり、日本人はBtたんぱく質の遺伝子を体内に取り込んでいないのである。体内に入っていないのだから、無関係なのは当たり前である。
二つ目は、組み換え原料を使った食用油やしょうゆから元の組み換えDNAは検出できないというのが科学的な同意事項なのだが、山田氏は次のように述べる。
「消費者庁は液体になっているので検出できないと言ってきたが、嘘です。・・・切断されているのが残っている。・・科学的に検出可能なのです。今回、消費者庁は検出可能であると認めたけれど、検出結果がバラバラなので、しょうゆとか食用油について表示の必要がないとした・・・」(TIMES)
消費者庁の検討会で議論されたのは食用油やしょうゆではなく、コーンフレークから検出可能かどうかだった。食用油には元の組み換えDNAは残っていない。精製過程で分解・除去されるからだ。なぜ、こんな科学的に確認されたことをあえて否定して、嘘だと主張するのか本当に理解に苦しむ。
最後に、山田氏はこうも言っている。「遺伝子組み換え食品は、米国における数百もの健康被害の実例から実害リスクがかなり高いとみられており、これが問題なのである」。
何をもって、数百もの健康被害がすでに出ていると主張するのか、その根拠を示してほしいが、安全性については、組み換え技術に批判的なことで知られる石井哲也・北海道大学教授でさえ「遺伝子組み換え作物は、今のところ、食用安全性については概ね問題ないが、・・野生種との間の雑種が環境中に拡散することによる影響についてはまだ予断を許されない・・」(「ゲノム編集を問う」岩波新書)と語っているほどだ。
科学的に慎重に結論を議論すべきことが山田氏の手にかかると、いとも簡単に確定的に語られる。言論が軽すぎる。いやしくも大臣まで務めた人なのだから、自分の言葉にもう少し責任感をもってほしいものだ。
小島正美(こじま・まさみ)ジャーナリスト
1951年愛知県犬山市生まれ。愛知県立大学英米研究学科卒。1974年毎日新聞社入社。長野支局、松本支局を経て、1987年東京本社・生活家庭部に配属。千葉支局次長の後、1997年から生活家庭部編集委員として主に環境や健康、食の問題を担当。東京理科大学非常勤講師のほか、農水省や東京都の審議会委員も務める。2018年6月に毎日新聞を退社してフリーに。「食生活ジャーナリストの会」(会員150人)代表。
著書に、『リスク眼力』(北斗出版)、『アルツハイマー病の誤解』(リヨン社)、『誤解だらけの遺伝仕組み換え作物』(編著)『誤解だらけの「危ない話」』、『正しいリスクの伝え方』(エネルギーフォーラム)など。
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