政治に巻き込まれる遺伝子組み換え作物-食の安全の裏事情
ロシア、中国、遺伝子組み換え作物に慎重姿勢
「ロシアが遺伝子組み換え(GM)食品を輸入することはないだろう」。ロシアのメドベージェフ首相は2014年4月にこのように発言した。(RT(ロシア政府広報メディア)「Russia will not import GMO products – PM Medvedev」)
2014年には、中国も遺伝子組み換えのコメとトウモロコシの栽培計画を中止した。(「End of the line: GMO production in China halted」)
報道によれば、両国とも、遺伝子組み換え作物に消極的になった理由を、「国民の健康の保護と不安に対応するため」(メドベージェフ首相)としている。そしていずれの国でも経済成長につれて、国民が健康と食に関心を持ち、オーガニック食品が好まれるようになった。
しかし中国やロシアとも、それほど国民の声に敏感な政府ではない。こうした建前の説明の背景には、裏がありそうだ。
その後に中国は2017年ごろから、増産のために遺伝子組み換え作物の普及キャンペーンを始めている。(ロイターヘルス「China launches media campaign to back genetically modified crops」)最近の中国の問題は食糧不足だ。豊かになった国民は積極的に肉食をはじめ、飼料用の穀物輸入が増加している。そのために大量生産やコスト低下に役立つ遺伝子組み換え作物を再評価しているのだろう。
見え隠れする政治的理由
世界で遺伝子組み換え作物が広がる中で、ロシアが消極的な姿勢を見せ、中国政府の政策が揺らいでいる。そしてもともとEUは、さまざまな規制を設けて遺伝子組み換え作物の輸入や栽培を止めている。
「これは政治的な配慮によるものだ」と、フランスの反グローバリズムのシンクタンク「グローバルリサーチ」は「遺伝子組み換えの地政学—禁止に動くロシア、中国、フランス」(「Geopolitics of Organic Food: Russia, China and France Ban GMOs」)という2014年の記事で書いていた。
遺伝子組み換え作物は技術、ビジネスとも米国企業が主導する。そして米国と南米、アフリカで栽培が広がっている。前出のRTの記事では、中国が遺伝子組み換え作物を使わないことで、あいまいな試算だが、米国企業はここ数年で30億ドルの損害が出たとしている。
中国とロシアは自国の食糧自給率を高め、米国に対抗するという意識を行政と農家が持ち、対抗をして妨害している可能性がある。フランスはもともと農業が盛んでEU諸国に農作物を輸出している。中露、EUとも安全保障や貿易の面で、米国と対立している。農業の分野では自国の立場を守りたいのだろう。
日本が同調する必要はあるのか
ひるがえって日本のことを考えてみよう。日本の遺伝子組み換え作物の情報は、かなりゆがんでいる印象がある。フランスの政治団体発、またオーガニック企業・団体発の情報が多く、科学的な検証よりも感情的な面による言及が大きい。そして日本で拡散している人は、オーガニック企業や左派系の政治団体が多いようだ。
情報が正しいのなら問題はないが、誤ったものもかなりあるようだ。そしてその原因は、事実に基づくものではなく、反米・反覇権国、自国中心主義、反グローバリズムの政治運動という感情的なものに由来していることがある。そうした主張は、人の心の琴線に触れ、心を動かしやすいが、感情的なものでないか、検証する必要がありそうだ。
そして日本は、遺伝子組み換え作物の大量の輸入国だ。日本の畜産や食用油の生産は、遺伝子組み換え作物が支えている。こうして利益を得ている現状があるのに、わざわざ欧州、ロシアのように、遺伝子組み換え作物を政治的に敵視する必要はない。(記事「遺伝子組み換え作物、7つの疑問・はじめに」)そして遺伝子組み換え作物をめぐって他国の政治的思惑や、問題に関係する企業の利害に巻きこまれる必要はないだろう。
遺伝子組み換え作物は、大量生産で価格を下げ、農家と消費者双方へのメリットが大きい。そうした長所を見極め、さらに発信者の意図を考えながら、この問題を見極めてみたい。
(石井孝明・ジャーナリスト)
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