メディアとGM作物−なぜ、私は変わったか

2017年07月07日 06:30

小島正美 毎日新聞編集委員

遺伝子組み換え(GM)作物への風当たりは依然として強い。日本は海外からGM作物を大量に輸入し、食用油や家畜の飼料などに利用していながら、いまだ国内では商業目的の栽培は全く実現していない。なぜ、こういう異常事態が続くのか。長く報道に携わってきた記者の1人として、その要因を探ってみる。

(写真)日本のカブ畑。世界では野菜にもGMが使われ始めているが、日本での栽培はまだだ。(写真提供はパクタソ)

事実に謙虚でありたい

GM作物は1996年、米国で初めて栽培された。以来、日本は米国やカナダ、ブラジルなどから、組み換え大豆やトウモロコシ、ナタネを途切れることなく輸入してきた。

1990年代当時の私は、学生時代から抱いていた反体制的な意識のせいか、GM作物に関しては、反対派の市民団体から出てくる情報に親近感をもっていた。そのころは、ちょうど環境ホルモン(内分泌かく乱物質)問題を追及していたこともあり、「GM作物が普及しても、言われているように農薬が減るとは限らない」「外部の遺伝子が細胞のDNAのどこに入るか予測できず、危険なDNA配列が生じる可能性がある」などといった記事を書いていた。

ところが2002年、たまたま米国のGM作物を視察するツアーがあり、参加する機会を得た。行ってみて、驚きの連続だった。自分が考えていたことの正反対の事実を見たからだ。生産者たちは口々に言った。「農薬の使用は間違いなく減った」「収量も増えた」「農作業も楽になった」。

ツアーでは米国の科学者から話も聞いた。「自分が間違っていたかもしれない」と心の何かが変わってゆくような感慨をもって帰国した。事実を知った以上、見たこと、聞いたことを素直に記事にする。それが記者の使命だと思い、連載記事にした。

以来、たびたび米国やスペインなどにGM作物を見に行く機会を得て、そのたびに記事を書いた。5~6年たつと、ことGM作物に関しては、私はもはや以前の私ではなくなっていた。

市民団体からは、私が変節したかのような批判も浴びたが、私の中では「事実に謙虚であった」ということに過ぎない。記者がイデオロギーで動いたらおしまいだ。

記者は知識不足

では、なぜ、いまなおメディアの世界ではGM作物はマイナスイメージで見られているのか。私の経験から言って、GM作物の記事が活字メディアに出るときは、たいてい「消費者は不安」といった見出しが登場する。なぜ、「不安」という見出しを簡単に思いつくかと言えば、本人がそう思っているからだ。GM作物の現実を知らないからだ。

つまり、メディアの記者たち(編集者も含め)のGM作物に関する知識は、一般の市民レベルと全く変わらない。本来なら、メディアの記者たちは、科学的に信頼できる情報を市民に送り届ける役目をもっているはずだが、その当の記者たちが“知識不足”だとすれば、送り届けることは到底無理である。

専門記者は育たず

では、なぜ、記者たちは知識不足なのだろうか。それは、記者たちが3~5年ごとに部署を異動し、追いかけるテーマが次々に変わるからだ。この頻繁な異動によって、GM作物のことをよく知る記者は、どの新聞社、どのテレビ局にもまず育たない。

もちろん、世の中にはいろいろな問題があり、GM作物に関する問題はほんの一部に過ぎない。そんなわけでGM作物に詳しくなろうという誘因も記者には働かない。

アクションを起こす

では、どうすべきか。GM作物に詳しい科学者やバイテク関係者が、GM情報をことあるごとにメディアへ発信するしかない。記者たちの価値観やイデオロギーはそれぞれ異なるだろうが、どの記者も新しい情報には敏感だ。

たとえば、アメリカ科学アカデミーがGM作物に関する科学的な報告書(2016年5月)を出したら、すぐにその要約、ポイントを記者に伝える。その報告書には「GM作物の普及で生物多様性が増えた」とある。私なら、それをポイントに要約をまとめる。それを聞いた記者たちはおそらく「おい、それは本当か!」という反応だろう。

最近なら、GM作物の表示に関して、新しい動きがあれば、すぐに記者セミナーを開くのもよいだろう。

こういった活動をタイミングよく地道に続けるしかない。1、2回やって、記者の集まりが悪くても、忍耐強く続けることが大事だ。週刊誌に妙な記事が出たら、「ここが違います」とアクションを起こすことも必要だ。 じっとしていては何も生まれないし、何の影響力も行使できない。

大半の記者たちは別にGM作物が好きでも嫌いでもない。ただし、新しい情報にアクセスする心構えは出来ている。それが記者の習性だからだ。

私が変わったのも、新しい事実に出くわしたからだ。新しい事実を知れば、どんな記者でも書きたくなる習性をもっている。

誤解を解く活動

消費者庁は今年から、遺伝子組み換え作物の表示制度を再検討し始めた。4月26日に第1回検討会が東京都内であったが、会場の玄関で2人の女性がプラカードを掲げて立っていた。何を訴えたいのかと聞くと「GM作物を食べると子供の脳に障害が起きる」「妊娠した母親が食べると流産する」「除草剤のグリホサートが人の尿から見つかるんですよ」と私に訴えた。

こういう女性たちはごく一部だろうが、そのアクション力、行動力には感心した。そういう行動力を通じた「危険なメッセージ」は口コミで一般の市民に伝わりやすい。

私の周囲にも「インドでは組み換え作物を栽培した農民で自殺が多い」「巨大企業に種子が支配されたら大変だ」と思っている人が現にいる。

そういえば、モンサント社への誤解も根強い。組み換え技術を使った作物の開発はデュポンやバイエルなど欧米の企業でも普通に行っているのに、なぜか、世間ではモンサントだけがあくどい企業みたいに思われている。

私はこれまでにモンサント社(ミズーリ州)の研究所を何度か訪れた。副社長や研究員らのフレンドリーで熱心な説明にはいつも感心した。数回、訪れただけで限界はあろうが、モンサントで働く人たちはむしろまじめ過ぎるのではとの印象をもった。

研究員らはいつも「2050年に世界の人口は90億人を超える。そのときの食料需要に備えて、食料増産を実現させるのが我々の使命だ。組み換え技術はその役割を担うものだ」と情熱を込めて語った。

世間の人たちは、よもや、そんな情熱に燃えて研究開発を続けているとは思っていないだろう。無理もない。だれもモンサントの社員に会ったことがないからだ。

どんなことにせよ、誤解は、的確な情報を発信して、正しく理解してもらい、解いていくしかない。いまだに「無添加」「無農薬」がはやるのを見ても分かる通り、科学的な知識を市民に体得してもらうのは容易ではない。

ましてメディアが自発的にGM作物のことを科学的に報道しようというキャンペーンをはってくれることを期待してはいけない。そんな考えをもっている記者はゼロだからだ。まずは情報をもっている側が、メディアにアクセスすることが先決である。

アクセスし続ければ、いつか私が変わったように、GM作物の科学的な側面に興味をもつ記者が出てくるに違いない。

小島正美(こじま・まさみ)毎日新聞社生活報道部編集委員。1951年愛知県犬山市生まれ。愛知県立大学英米研究学科卒。1974年毎日新聞社入社。長野支局、松本支局を経て、1987年東京本社・生活家庭部に配属。千葉支局次長の後、1997年から生活家庭部編集委員として主に環境や健康、食の問題を担当。東京理科大学非常勤講師のほか、農水省や東京都の審議会委員も務める。「食生活ジャーナリストの会」代表。 著書に、『リスク眼力』(北斗出版)、『アルツハイマー病の誤解』(リヨン社)、『誤解だらけの遺伝仕組み換え作物』(編著)『誤解だらけの「危ない話」』、『正しいリスクの伝え方』(エネルギーフォーラム)など。

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