遺伝子組み換え作物、健康被害なし-米報告1
「遺伝子組み換え作物は安全なのか」。多くの人の抱く問いに、科学的な検証が行われている。
最も包括的、かつ最新の検証結果として、米科学アカデミー(NAS)は2016年5月、遺伝子組み換え作物は人間や動物が食べても安全であり、環境を害することはないと結論を示す報告書をまとめた。(特設ホームページ)
20人の生物、倫理、法律家など多様な分野の専門家が、過去20年間の約900件におよぶ研究成果を調べ、80人へのヒアリング、草案段階で公開し、700もの証言をまとめて包括的に評価した。
(報告書・表紙)
遺伝子組み換え作物、増収、農薬削減のプラス面
遺伝子組み換え作物に反対する立場の人たちがその危険性を訴えるために宣伝をしている、がんや肥満、胃腸や腎臓の疾患、自閉症などの心の病、アレルギー、遺伝的疾患などについても、そのような増加と遺伝子組み換え作物との間に因果関係は認められないとした。
報告書によると、そのメリットについては、遺伝子組み換え作物は収量の向上に役立ち、害虫や雑草から収穫物を守り、農薬の削減や農家の収入向上などの効果がある。遺伝子組み換え作物と野生種の交配による危険性、生物多様性への侵害は確認されなかった。しかし、その拡大が、耕地や土地にどのような影響があるかは不確実性があるとした。
日本や欧州で義務化されている食品に遺伝子組み換え作物を使う際の表示について、報告書では安全性が確認されているという前提で、「国民の健康を守るために正当化されるべきものではない」と指摘。ただ安全性とは別に、ニーズがある場合は社会的、経済的に幅広く検討する必要があるとした。報告は400ページにおよぶ。米国は政府行政機関が、全国での表示の統一化を行うことを検討している。
(写真・モンサント社の研究所で展示された、遺伝子組み換え作物の大豆。畑から1週間が経過した上から反時計回りに、無農薬、農薬を使った普通の作物、遺伝子組み換え(GM)作物の順。害虫の影響で、GM作物の効果が分かる。)
慎重意見も掲載
このリポートは広範な提言をしている。一般的な作物で従来型の交配技術による品種改良と、遺伝子組み換え技術を使用した場合で、どちらも遺伝子組み換えることは同じであり、新しい技術の区別は明確ではないと述べた。ただし、規制、監視体制は従来の食物検査から大きく変わっていないために、適切な規制を行うために、新しい議論を行うべきであるとも提言している。
また米国でも約6割の消費者が、遺伝子組み換え作物の安全性に懸念を示しているという。そのために「議論を終わらせることは期待できない」とし、議論と啓蒙活動を推奨し、危険とする少数の意見も併記している。
また、植物自体が殺虫成分を作ることができる害虫抵抗性の遺伝子組み換え作物で、害虫のほうが抵抗性を獲得してしまう、といった変化の観察も重要としている。(ただし抵抗性害虫の発生は遺伝子組み換え作物に限ったことではなく、従来からの農薬でも同じように昔からある現象:編者注釈)
今回の報告書について、「私たちは強い熱意を持ち、シンプルかつ包括的で、確実な結果を提供できた」と、委員会の委員長であったノースカロライナ大学のフレッド・グルード博士は語っている。
専門家が積極的に社会問題に関与する米国の科学界
遺伝子組み換え作物をめぐる議論は、米国では冷静だ。これは他の科学的な知見を必要とする問題でも同じ事がいえる。科学者の立場として、米国科学アカデミーは、社会的な問題への関与に積極的だ。
一方で、日本では科学界を代表し、首相への勧告を行う役割を、日本学術会議が期待されている。しかし、同会議は社会問題への解決、特に遺伝子組み換え作物のように科学の世界では安全だと確認されているのに一般社会で漠然とした安全性への疑問や不安がある事柄については、あまり機能していないように思える。
福島の放射線問題、狂牛病問題などでは、科学的知見に基づく、国民への呼びかけを積極的に行わなかった。そして遺伝子組み換え作物の議論も、放置している。米国の取り組みは、日本が科学問題に向き合う中で大変参考になるだろう。
【関連記事】
「遺伝子組み換え、専門家が不安に答える-米国科学アカデミー報告2」
「信頼をいかに維持するか-米科学アカデミー報告3」
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