遺伝子組み換え、専門家が不安に答える-米報告2
「遺伝子組み換え作物、健康被害なし-米科学アカデミー報告1」より続く
米国科学アカデミー(NAS)は2016年5月、「遺伝子組み換え作物-経験と見通し」(Genetically Engineered Crops – Experience and Prospects)という報告書を発表した。この作物を総合的に評価するものだ。(NAS特設サイト)
(写真1)リポート
特別委員会の委員長であるノースカロライナ州立大学教授のフレッド・グルード教授に16年8月にインタビューした。
グルード博士は、昆虫学とその農業への利用での研究で、世界での第一人者として知られる。博士はこのリポートの意義、作り方、日本への示唆について語った。
(写真2)クルード博士
委員会は、20人の多様な背景の委員らの共同執筆。そして、この作物栽培の反対派まで含めて多くの人の意見を聞き、委員会の知見が一般の人に広がるように努力している。(クルード博士のプレゼン資料)
遺伝子組み換え作物、社会の不安に応える
問・このリポートが作られた背景を教えてください。
クルード博士・1996年に米国で、遺伝子組み換え作物が商業製品として投入されてから20年になりました。モンサント社などの米国企業の力によって、それは世界に広がりました。それで利益を得る人が増える一方で、接する機会が増えて、不安を持つ人、もしくは実情を知りたいという人の数も増えています。米国科学アカデミーの中でも、科学的な知見を集めるべきだという意見が広がり、特別委員会の設置が決まり、委員長に指名されました。
問・結論はどのようなものでしょうか。
クルード博士・遺伝子組み換え技術は、これまでの農作物で行われてきた品種改良と、影響の点では明確に区別できるものではないということです。 また遺伝子組み換え技術による利益とリスクは共に存在するということです。 人間の健康への影響面では、これまで、それによる健康被害は確認されていません。また環境への影響についても、これまでのところ確認されていません。しかし、技術が変化しているので、引き続き調査が必要です。 経済面では、米国の農家にはワタ、ダイズ、トウモロコシで、害虫を減らすなどして収穫を増やし、経済的利益をもたらしました。米国全体でも、収穫は気候に影響を受けるものの、その普及によって収穫は増えています。世界各国でもそのようなプラス面があります。 社会的影響では、その技術が急速に代わるので、その規制手法を進化させるについての対応が必要であると思います。
問・リポートの作成では、どんなことに気をつけましたか。
クルード博士・米国の科学アカデミーが以前に、「リスクを理解する-民主主義社会における決定の情報提供のために」(英文)(Understanding Risk: Informing Decisions in a Democratic Society)というタイトルのリポートを発表しました。その一節が、さまざまな場所で引用されています。
「リスクをめぐる純粋な技術的な評価は、間違った質問にも答えを提供してしまうし、意思決定者にほとんど使われなくなってしまう」
A purely technical assessment of risk can result in an analysis that accurately answered the wrong questions and will be of little use to decision makers.
つまり問題のリスクだけを取り出して評価しても、その数字や確率が問題から切り離されて使われたり、社会にまったく使われなかったりするなど、意味を持たないものに成りかねないということを言っています。 遺伝子組み換え作物の問題でも、それが人体にどのようなリスクがあるかという、狭い分野で議論しても、意味を持たないだろうと考えました。広い視点から問題を考えることが必要と考えました。
そのために、15章、398ページという大部の報告書になりました。作成に2年かかりましたし、関連調査は別に公開するという、大変な量になっています。
またNASには報告書作成の手引きがあります。 「対象の問題に関係する人、もしくは知識を持つ人に情報の提供をうながすように常に配慮されなければならない」 「報告書は、問題に関わるすべての信用される見解に支えられるべきである」 専門家、利害関係者の関与は必要です。しかし、それは時に「信用」と両立することが難しくなります。「利害関係があるのではないか」「お金をもらっているのではないか」という疑念は、提供された科学的に正しい情報であっても、信用性に影響を与えてしまいます。「信用」を維持するのは、大変難しいことです。
【関連記事】(以下「3信頼をいかに維持するか」に続く)
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