遺伝子組み換え作物、モンサントの本社を訪ねて
食糧不足は技術で解決できるのか?
「食糧が足りなくなるのではないか」
世界各地から、こんな懸念が聞こえる。人口の急増、気候変動による農業生産への悪影響が伝えられているためだ。多くの人が不安を抱いているだろう。
この問題をめぐり、農業の技術やサービスを提供する米国のモンサント・カンパニーは、食糧生産についてユニークな宣言をしている。
「2030年までにトウモロコシ、ダイズ、ワタなどの主要作物の単位面積当たり収量を、2000年の2倍に伸ばしつつ、作物栽培に必要な資源(水、土地、肥料など)を3分の1削減する」
「2021年までに、カーボン・ニュートラルな(温室効果ガスを増加させない)作物の生産システムを実現する」
これらの目標を、同社の持つ技術によって実現するという。
一方で同社は遺伝子組み換え作物と同一視して語られ、過剰な批判に直面している。1996年に世界で初めてこれを商品化したために注目を集めるのだろう。
本当のモンサントの姿はどうなのか。16年8月に米国穀物協会主催の米国農業の取材ツアーに参加した。その中で、視察先の1つとして、ミズーリ州にある同社の本社を見学し、幹部らと懇談する機会を得た。
印象を述べると、同社の雰囲気はフレンドリーで幹部らは自分たちの仕事を通じて社会に貢献したいと願う、健全な考えを持つ人たちだった。そして同社の技術は素晴らしいものが多く、それらによって世界の農業を良い方向に変える希望を抱かせるものだった。
私は、自ら見聞したモンサントの姿と、世間に流布する悪いイメージの格差にとまどった。同時に、モンサントの現状を紹介し、日本の農業に役立つ技術情報を伝えたいと考えた。
食糧不足を技術で解決する
モンサント本社はミズーリ州クレープフールという緑に囲まれた住宅地の中にあった。
20キロ離れたところに地域の中心都市ミズーリ州セントルイス市がある。この州は北に隣接するイリノイ州と並んで大穀倉地帯を形成する。ミズーリ州からイリノイ州まで、幹線道路からみるとトウモロコシとダイズの畑が地平線まで広がる。そのために、この地域は農業の関連産業が集まってきた。モンサント社もセントルイスに1901年に農薬会社として創業した。
(写真1)モンサント社のリサーチセンター(ミズーリ州)
同社は科学の進歩に伴って会社の姿を変えてきた。当初の農薬製造から化学産業に進出して成長。今はバイオテクノロジー技術を使い、多様な農業関連のサービスを提供する会社に変化している。
同社の2015年の総売上高は150億ドル(1兆6500億円)、研究開発費は15億ドル(1650億円)と売上げの10%もの額を研究開発に投資しているのが特徴だ。全世界に支社があり、2万1000人の人が働くグローバル企業だ。そして取材終了後、ドイツの化学メーカーであるバイエルは16年、巨額の約660億ドル(約7兆2600億円)の巨額買収をモンサントに行っている。現在は、統合の形を両社は検討中という。
同社は今、「従来育種による品種改良」、「遺伝子組換え技術を中心にしたバイオテクノロジー」、「化学農薬」、「生物農薬・製剤」、「データサイエンス(デジタル農業)」という、5つに大別される技術分野で、サービス・商品を提供している。
売れる仕組みを考え抜いた商品とサービス
モンサントのビジネスは、相互の商品・サービス、技術が関連し、企業戦略がよく練られていた。一つの商品・サービスを使うと、顧客が他社の関連商品・サービスより同社の製品を使い続けたくなる仕組みができている。例えば遺伝子組み換え作物では、モンサントの除草剤と一緒に使うことで効率的な雑草防除が可能になるという種苗が売り出されている。また同社の精密農法の情報サービス「クライメイト」を使えば、気象から土壌分析情報まで網羅して提供されているため、農業情報をそこに依存できるようになる。
そうした技術で生産性が向上し、利用者は利益を得られる。Win-Win(共栄)の関係ができ、ビジネスは相互の利益のために持続していく。こうした循環を生む、商品やサービスづくりを丁寧に行っていた。
一般論だが、日本企業は提供する一つひとつのサービス・商品が独立し、その性能向上に努力する。しかし売ればおしまい。一方でアメリカ企業はサービスの統一コンセプトをまずつくり、その後に顧客を囲い込む仕組みを作る。例えれば、商品を売るだけだった日本の家電メーカーと、パソコン、スマホ、音楽情報サービス、ライフスタイルを総合提供したアップルの違いだ。
モンサントは「世界中の農業生産者の生産性の向上と生活の改善」「グローバルな食糧と栄養の安定供給」「環境的に持続可能な農業の実現」というビジョンを持つという。それを基づいた商品・サービスを提供することで、農家にかけがえのない存在になっているようだ。
CO2を減らし、気候変動に対応
優れた米国企業、日本を含めたグローバル企業を取材すると、たいてい企業ビジョンを参考に幹部クラスの意識がまとまり、さらに彼らのプレゼンテーション能力がとても高い。説明したモンサントの幹部にもそうした印象を受けた。
同社は気候変動問題の解決、そして途上国での持続可能な農業という重要な問題に取り組んでいた。
モンサントの重要な技術基盤である遺伝子組み換え作物、そして農業データの活用によって、生産量が向上する。それで光合成による炭素の吸収量も増える。また農業では普通、複数の除草剤を使うほかに、土を耕すことで、雑草の繁殖を防ぐ。しかし同社の特定の除草剤に耐える性質を持つ遺伝子組み換え作物を使えば、1種の除草剤使用だけで、除草防除のため土を耕さなくて済み、土壌中から発生するCO2発生を抑制できる。また土の中の養分を、拡散させなくてもすみ、収穫量は増加する傾向にある。この「不耕起栽培」を同社は研究している。
また肥料の窒素は使用が増えると、気化してCO2以上に強力な温室効果ガスになる。モンサントは窒素の投入の時期と量を適切にアドバイスするプログラムを提供している。これによって農家が無駄に肥料を使わないようにでき、コスト削減にも役立つ。
同社は、マイクロソフトの創業者で慈善活動家のビル・ゲイツ氏の運営するゲイツ&メリンダ財団と協力して、アフリカでの乾燥地域でも生産性を維持できる乾燥耐性トウモロコシ等の農業指導、技術や種苗提供も行っている。
同社農業環境戦略の主任ディレクターのマイク・ロフイスさんは次のように述べた。
「当社の技術を組み合わせれば、米国の農業は生産量が維持されても、2013年に比べ2030年には30%、2050年には50%の温室効果ガスの削減が理論上は可能と推定しています」。
「大規模な農業だけではなく途上国の小規模な農業でも、最新技術を使うと、同じように増産、コスト削減の効果がでます。米国で試した技術をアレンジして世界各国に提供していきます。日本は農家の規模が小さいと聞いていますが、当社の技術を使えば、収穫の増加に必ず役立つでしょう」という。
巨大な研究施設で遺伝子のデータを集積
モンサントの本社に隣接された中央研究所も見学した。これまでの受粉等による品種改良は、遺伝子を変えて新しい品種を作るのは同じだが、作物の数世代分のデータを集積し、数百の苗を組み合わせる手間がかかった。また偶然性に頼る面があり、、どの遺伝子が変わって新しい品種が出来たか確認しないまま商品化してきた。
(写真2)モンサント・リサーチセンターの畑
ところが遺伝子組み換え作物では遺伝子を分析して、付与したい特定の性質に関係のある遺伝子だけを選択的に活用する。そのために品種改良の手間が劇的に減った。今は複数の性質を組み込んだ、遺伝子組み換え作物が開発されている。
ただし、モンサントが一つの品種の種苗だけを提供するわけではない。その国や土地にあった品種に、遺伝子組み換えで得られた特定の性質を与えていく。すべてのトウモロコシなどの作物が単一の品種になるわけではない。
研究所では確認のために、苗を培養し、また穀物を栽培する室内農園があり、データをとっていた。
印象に残ったのは、遺伝子組み換え作物の効果だ。「写真3」は、畑から展示場所に移し、1週間経過したダイズの姿だ。上から無農薬、農薬をかけたダイズ、遺伝子組み換えで害虫抵抗性を持たせた植物だ。すると無農薬では虫に食べられぼろぼろになり、農薬を使ってもある程度は食べられてしまうが、遺伝子組み換えダイズは緑色のままだ。
悪しきイメージを脱却、対話を広げるモンサント
モンサント本社を見学し、また使う農家の話を聞くと、同社とその持つ技術は、米国農業で生産性を大きく向上させていた。
ところが不思議なことがある。遺伝子組み換え作物に反感を持つ人々の反対運動が根強いのだ。「遺伝子を変える」という行為に、一般の人は気味悪さを感じるのだろう。
この問題を広報担当マネージャーのウィリアム・ブレナンさんに聞いた。何にでも返事を即答する優秀な広報マンで、コミュニケーション能力が高く、同社が広報・PRに力を入れていることがうかがえた。
「モンサントに批判があることは承知しています。ただし私たちは自由な言論活動を妨害することはありませんし、健全な批判は歓迎します。私たちにも反省があります。これまで農家との意思疎通は重ねてきましたが、一般社会、そしてステークホルダーの皆さんと農業生産者の方ほどにはコミュニケーションを深めてきませんでした。今はさまざまな立場の方と対話を重ねています」という。
モンサント本社への見学は年900団体もあり、広報チームが分担して、可能な限り、希望者を案内している。反対派から、料理のプロ、小学校から大学生までの学生、そしてユーザーである農家、海外からの要人、あらゆるメディアなど、多様な人が来るという。世界各地のモンサントの支社でも広報担当者が市民集会などに出向き、話す機会を増やしている。ホームページでの情報公開も充実し、さまざまな寄せられる疑問に、広報担当者が丁寧に答えている。
「誇れる会社、良い会社でなければ、私はここで働いていません。私たちの世界を変える最先端の農業技術を、日本の皆さんにも知っていただきたいです」とブレナンさんは語った。
農業の技術革新を日本の農家、消費者が享受しよう
遺伝子組み換え作物に抵抗感をもつ人は多い。しかしこの技術が穀物の生産性を上げ、多くの人に利益をもたらし、そして収穫を増やしていることを、モンサントの本社や米国農家を訪問して改めて知ることができた。
食糧をめぐる環境は世界でダイナミックに動いている。衰退が続いてしまった日本の農業の再生に、ようやく政府が動き出した。
そこで生産性の向上が注目されている。これは技術の革新がなければ実現しない。残念ながら、米国のバイオ産業と農業は技術の応用面で、日本よりはるかに進んでいた。そしてモンサントには遺伝子組み換え作物、ITの活用など、優れた技術を持っていた。それが日本では使われていない。
「日本の農業は技術面で遅れている」。その残念な現実を受け止めて、モンサントなどの最新の農業技術を導入していく必要があるだろう。
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